バス代わりの飛行機

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ヨーロッパ:言葉のあるある

欧州は、似ているけれど異なる言語がパッチワークのように土着しています。支配者層の微妙なパワーバランスが原因で、いろいろな言語の生息域が残ったとも言えます。方言か独立言語かなんて、無意味な議論は棚上げにして、訪問者によく起きる言葉のあるある。実にいろいろなことに振り回されますが、パターン化もできます。

 

1.誤植

日本語と比べて、妙に目立つ誤植(coquilles)。読み手側の原因は、書くことにうるさすぎる東アジア出身であること。書き手側の原因は、標準の徹底の難しさと人手不足でしょう。これらの主要因を核にし、それぞれの誤りに固有の事情があるのですが、真実が有りそうで、無さそうな社会の諸相が表れます。少しいらっとしますね。

 

・今月読んだブランドビジネスに関する記事。Château d'Yquem(正)が、Château d'Yqem(誤)になっていました。固有名詞で綴りが面倒とは言え、超有名なボルドーのシャトー。ヨーロッパの伝統とも、夢を与えるビジネスとも、あこぎな商売ともいえるラクジャリーの世界。記者は全く縁が無い生活をしているようです。IKEA, H&M, Carrefour, Decathlonが、彼/彼女の世界なのでしょう。

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旧東ドイツの国家保安警察 Staatssicherheitsdienst(正)の廃棄記録が大量に発掘されたと報道した Le Monde。Staatssichereitsdienst(誤)と不気味な綴りを紹介していました。h が抜けています。記者はベルリン駐在員で、ドイツ語が相当できるように見えるのですが、起きがちな発音ミスに引きずられたようです。一方、ドイツ語圏では -heit の h を落とすなんて、小学校低学年でも珍しいミス。さらに Sicherheit (=安全)は、ごく初歩的な単語。実に不思議な間違いです。

 何年ドイツ相手に生きても、"h"は苦手なフランス人。しらふだと普通に英語を喋っていても、アルコールが回ってくると h が抜けるフランス人が多いことを思い出しました。発音もそうなら、書く方もそう。フランス人のカルマです。

 

・偶然なのか、フロイト的展開なのか、ありえない誤植も時々見かけます。随分前に

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で書きました。baisser(正=低下する)が、baiser(誤=性交するになっています。しかもアイキャッチのために、赤字の大きなフォントになっている部分です。何だか凄いぞ Libération と思いました。

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faire baiser は baiser の語法として比較的稀ですが、se baiserが非常によく使われるので、無理はなさそう。もっとも le taux de mortalité(=死亡率)が目的語なので、意味は通じません。

 記者が頭の中で発情しているから、こうなったのでしょうが、INSERM(国立衛生医学研究所)の教授が本当にそう発言していたら、後世まで引用されそうな言い間違えです。

 

2.多言語対応(平等編)

鉄道旅行では、皆さん経験があるのではないでしょうか。特急列車を始発駅から乗車。空いた車内の座席に着いて落ち着き、通り過ぎる車窓の風景を見ながらぼんやりし始めた頃です。主な停車駅とその到着時刻、そして食堂車の営業時刻が放送されます。スイス国鉄の一コマ。

 ぼんやりしているので、降車駅の到着時刻を聞き逃します。しかし再度放送されるので安心。どうせ、もう一度録音を流すだけです。ところがその日は3度目がありました。さすがにしつこ過ぎます。一度目に聞き逃した箇所は、二度目には注意して聞くので、どんな(にスイス人が)間抜けでも必要な情報は把握します。逆に「割高な食堂車の宣伝が本音で、停車案内はカムフラージュか。」なんて、勘ぐってしまいました。

 

「さすがスイス。鈍い連中が多く、商売は熱心。」と感心した瞬間、気が付きました。3回とも言語が違っていることに。標準ドイツ語、フランス語、英語で同一内容を放送していたのでした。「どれか一つしか分からない客向けに、3回も放送するのか」という気がしてるから不思議。いつの間にか、すっかりスイスに同化しています。小国といえども、土地の力は侮れず。

 

この経験のレッスン:人はぼんやりしていると、内容は把握しても、何語だったか意識しないということ。ヨーロッパらしい経験と言えばそうですが、少しいらっとしますね。

 

3.多言語対応(不平等編)

スイスのように、国家が3つ以上の言語を使わざる得ない小国だと、訪問者も多言語に付き合わざる得ません。その結果、想像もしない形で振り回されます。あんな国に住んだら、誰でも多言語がそこそこできるようになります。そういう不幸な国の一つが、Luxembourg。ここも目眩がするような国でした。

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街に出ると、地名も表示も7割ぐらいフランス語(かそれ由来の言葉)なのですが、ドイツ語、ルクセンブルグ語も頻繁に見かけます。実はこの3つが公用語。筆頭はルクセンブルグ語(Lëtzebuergesch)ですが、旅行者には、英語、フランス語、標準ドイツ語で問題なく対応してくれるし、それが普通になっているルクセンブルグ人たち。

 問題は首都の空港。英語を含めた4言語で放送・案内がなされるのですが、言っていることが言語によって違うという摩訶不思議な運用。出発案内とか、ゲート変更とか、安全注意喚起とかいうレベルの話です。 例えばゲート変更だと、搭乗時刻や新ゲートは全言語で伝えます。しかし元のゲートから遠いとか、少し遅れ気味だとか、必須でもないけれど重要な情報が言語によってバラバラ。一般的な安全注意も、有ったり無かったり。どうして平等にやらないのか、少しいらっとしますね。

 

ルクセンブルグ語は、いわばなまりが強いドイツ語。そういう連中に散々悩まされた者は、空港の放送ぐらいなら、何とか聴いてしまいます。次に発音がしっかりしている標準ドイツ語の放送があると、とたんに霧が晴れたような気分になります。フランス語も英語も発音は良好。それは良いのですが、言語別に放送内容が違うのはどういうことなのですか。

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アイスランドシンガポールのように金融立国で、一人当たりGDPが高い Luxembourg。しかしフランス語はともかく、英語力が金融で仕事ができるレベルにある国民は不足していると、2018年 5月18日のThe Malaysian Reserve誌が報道していました。(多分The New York Timesからの提供記事)流暢に使える事と、専門性にマッチした言語能力は全く別という良い例です。

 

4.友達ではない友達(faux amis)

カタロニアとアルザス。住民が土地の言葉を積極的に使うのは、文句なく素晴らしいことです。誇り高く、潔く見えます。ただし訪問者には、綴りが少し違うだけにしか見えない言語たち。意味が全然違ったりして、少しいらっとしますね。

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凡くらには Mir = 一人称単数3格、rede < redenで、どういう活用かは不明、Elsassisch = Elsässisch、代名詞主語は省略としか読めません。意味は予想に反して、Wir sprechen Elsässisch.(= We speak Alsatian.)です。

 

どんどん積極的にやってもらいたいものです。言語的に重石になっているスペイン語とフランス語(カタロニア)、ドイツ語(アルザス)も、英語標準化の時代には中間管理職のように重要度は下がる一方。独立には異論はあっても、地方文化復興は良いことです。