先日搭乗したANAのCGK-HND便ビジネスクラスのワインリストは、すでに紹介しました。
NH856:CGK-HND ビジネス - バス代わりの飛行機
重複してしまいそうですが、最初に取り上げたかったのが、この会社でした。サービスを行う人がワインに詳しいか、ワイン好きという点で、他の会社と違う印象を受けるからです。ソムリエなんて職業があるぐらいですから、サービスの段階が非常に重要なのがワイン。ANAは、潜在的に最も優れたワインを提供できるかもしれません。
さてそのワインリスト。食事のメニューと一緒です。
ワインの監修者は井上勝仁、Ned Goodwin両氏ですが、実質的に試飲と説明書きは行っているでしょう。
一方、料理の監修者は12人もいます。全員が真剣にやったら、船頭多くして...ということに絶対なるので、軽いお付き合いなのでしょう。「こんな連中に金を使うなら、もっと航空券を安くしろ」と「お客様の声」へ寄せても、的外れかもしれません。
ChampagneはHenriotのBrut Souverain。
どちらかと言うと力強い泡。白い花の香りが顕著で、最初から最後まである柑橘類の香りが特徴でしょうか。作り手は、"Il accompagnera idéalement l’apéritif."と勧めていますが、apéritifは食前酒ではないので要注意。なお英語の説明は、Henriotのサイトの説明を要約したような文章です。
機内で気に入った場合、地上で探すのは難しくないはずです。Champagneの良い所です。
白ワインは、BourgogneとAlsace。
Bourgogne、Saint-Véranの方はChardonnay 100%のはず。2杯飲んだ印象は搭乗記で書いてしまったので、ここでは説明文で気が付いたことを。英文ではSaint-VéranがBourgogne最南端であるように書いてありますが、この南にBeaujolaisが来ます。BeaujolaisをBourgogneに入れるかどうかについては、2つの立場が並立しています。この文を書いた人は、入らないと思っています。
Saint-Véranが2013年なのに対して、Alsace、HugelのGentilには年代なし。これはChampagneのように複数年のブドウを混ぜたという意味ではなく、入れ忘れか、入荷の都合でしょう。Gentilは、年代を表示しなくてはいけないワインです。
Alsaceという地方は、
・riesling, silvaner, pinot gris, pinot blanc, gewurztraminer, pinot noirを含む多種を栽培。
・単一品種、単一年でワインを造るのが基本形。
・遅積みブドウや貴腐葡萄からもワインを醸造。
・ビールも結構作っている。
という特徴がありますが、おなじ特徴を持つ生産地にBaden, Württemberg, Frankenがあります。これらの産地は地続きで、民族的にはAleman人とFranken人となります。彼らの言語はAlsacien(Elsässisch, アルザス語)、Schwäbisch(シュワーベン語)、Fränkisch(フランケン語)と区別されますが、これらはよく似ています。一方、ドイツワインの主役たるRheingauとMosel-Saar-Ruwerでは、赤はほとんど生産されておらず、白は事実上すべてRieslingです。言語的にも違います。フランスワインとドイツワインで大分類を作るより、南ドイツ+アルザスというグループを作った方が遙かにわかりやすいのでした。ワインに対する考え方も似ているし...。
ところでAlsaceには、単一畑からとれる多品種を混醸したり、多品種のワインを混合して一つのワインとする伝統があります。こういうワインをアルザス語でZwickerまたはEdelzwickerと呼びますが、これは混合物、高貴な混合物ぐらいの意味。単一品種でつくるには、飲みにくい、平たく言えば、品質の劣るワインを上手にブレンドすることで、味わいのバランスをとった「商品」です。
法でラベル表示を規制する流れが1920-1930年代に現れますが、AlsaceのZwickerの伝統に関連して作られたのがgentilという呼称のようです。1920年代のことです。第一次世界大戦が終わり、本格的にAlsaceが共和国の版図に入れられ、フランス式の農業改革が入ってきたというところでしょうか。gentilでは品種の利用に制限があり、混醸は不可、混合でつくられるため、この2つは区別されるとアルザスでは説明されています。
Gentil d'Alsace - Vins d'Alsace
品種、畑、収穫年と限定すればするほど、ワインは個性的になります。異なるブドウを混合すればするほど、味のバランスがとりやすくなります。前者の方が高級であり、価格も断然高くなりますが、ワインの呼称により、混合はコントロールされています。これは地域の歴史によるものです。ワイン法は地域の伝統維持が基本です。でもEdelzwickerが安物扱いされて、Champagneがそうでないのは不公平ですよね。
ANAのワインリストの日本語の説明は、Hugelのホームページにある
Le gentil "Hugel" renoue avec une tradition alsacienne séculaire où les assemblages de cépages nobles étaient appelés "gentil".
を元に書かれたと考えられますが、
・Alsaceワインの生産がローマ時代に遡れるのに対し、gentilは100年も歴史がないこと
・ZwickerやEdelzwickerは古くからあるアルザス語であること
・品質は規制により、理論的にはgentil>Edelzwickerとなること
から、「une tradition alsacienne séculaire (一世紀にわたるアルザスの伝統)」と言う表現は箔付けでしょう。"renoue avec"は、Hugelが「中断していた生産を再開する」ということ。少々気取っています。ワインの宣伝で「伝統」は常套句ですから、生産者の記述は注意して読まないと誤った知識を身につけます。
Edelzwickerと比べると、gentilは「伝統」で下、品質は理論的には上、名前が保証するレベルは上ということが、この表現の背景にありそうです。少し政治の臭いがします。ANAのリストの日本語の説明は、生産者の説明をさらに膨らました感じです。直訳コピーするよりましですが...。
ところでワインは飲むに越したことはないので、地上で手に入れました。Gentil de "Hugel" 2014です。
輸入元はジェロボーム株式会社(www.jeroboam.co.jp)。東京のある路面店で1,800円ぐらいでした。このワインは年間500,000本ほど生産されているらしく、これは40,000ケースですから、容易に入手できるのも不思議ありません。
全体のトーンはライムとかスダチなどの香りで、白い花や青草の香りも見つけられます。軽く、新鮮な感じですが、果実味は適当にあります。少し癖があり、単独で味わうより、食事と一緒の方が良いと思います。
私の感じではsilvanerが多くて、pinot grisとpinot blancが次にきて、gewurztraminerとrielsingは少な目かなといったところ。これは、ワインリストに書いてある品種の順番とほとんど同じですが、gentilの規定(50%以上がriesling, muscat, pinot gris, gewurtztraminerでなければならず、残りがsilvaner, Chasselas, pinot blanc)はクリアしているのでしょうか?
このワイン、機内食の和食にはオールマイティではないでしょうか。白身魚を焼いたものとか、(塩味の)とんかつ、てんぷらなどにも合うと思いました。こういうワインは、「機内で味わったら、とても良かったので、ぜひ手に入れたい」となりそうです。
赤ワインは、ワシントン州のCabernet Sauvignonと南仏RoussillonからMinervoisです。
これらは試していないので、わかりません。個人的には共に関心があります。カリフォルニアに飽きた人でも、Washington州のワインは新鮮に感じるでしょう。品種はCabernet Sauvignon。
一般にMinervoisはそれほど高価ではないのですが、しっかりした(高級)フランス料理によく合います。品種はあの地方の混合。間違ってANAに乗る機会があったら、次回は試してみたいところです。
この写真では最後の行ですが、MinervoisにLa Lavinièreという地名があるとは初めて知りました。La Livinièreという自治体はあり、Minervois-La-Livinièreという呼称は、INAOが認めていますが...。(と書くと、皮肉ですかね。でも本当にあるかもしれませんから。)