PECHEDENFERのブログ

Le rayon d'action illimité. D'une véritable ruche bourdonnante.

愛知ではなく尾張と三河

清浄の地

旅好きの方は、夏休みはそれぞれ工夫して国内旅行をされることでしょう。しかし行くには相当の覚悟が必要な場所があります。

 

それはご存知、岩手県

 

いまだにコロナウイルス感染が起きていない県です。自分が感染第1号の原因になるなんて事態を想像してみてください。その不名誉は一生ついて回りそうです。やはりここは神に祝福された地のままであって欲しいところ。

 

都道府県単位ではコロナフリーは岩手県だけですが、細かく見ていくと清浄の地は他にも見つかります。例えば会津地方。

福島県内の新型コロナウイルス発生状況 - 福島県ホームページ

この広大な地域でも、発生はまだゼロのようです。もっとも会津で感染第1号の原因になっても、騒ぎにはならないでしょう。都道府県単位での集計が一般的だからか、県で初めてにはインパクトがありますが、他の単位ではニュースバリューがほとんどありません。

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農業の単位

岩手と会津の比較でも明らかですが、ある土地をどう呼ぶかによって、出来事の社会的な影響力が変わります。格好の例が福島原発事故です。あれは浜通りの海岸で起きた事故であり、山を隔てた中通りでは放射性物質降下の影響は極めて限定的だったのです。会津に至っては全く影響ないと言ってよい状態でした。しかしこれらの地域名は弱く、すべて福島県として認識され、農作物は福島産という名で流通していたため、農業が甚大な影響を受けました。中通りは果実栽培が盛んで「福島」はブランドとして育っていたのですが、この事故のため膨大な努力が水の泡。あれから10年近くたちますが、復活の兆しは見えません。

 福島第一原発が双葉原発大野原発という名前で、福島県の農作物が会津、中通、浜通の名で知られていたら、これほどの被害はなかったのです。また今後は「ふくしま」を再興するより、「あいづ」、「なかどおり」、「はまどおり」に切り替えた方が有利でしょう。

 実は福島第一、第二以外の原子力発電所には、とてもローカルな地名がついています。またどこにでもある地名が好まれるようです。これは原発事故が起きても*、影響力のある地名に傷をつけないためだと誰しも考えます。不幸なことにその例外であるフクシマが歴史に残る大事故を起こしました。フクシマに東電がこだわり続けたのか、県がこだわり続けたのかは知りません。しかし育成したブランドを完全破壊された福島県の農業関係者が、「原発名に福島の呼称を放置し続けた」という不作為の責任を問う訴訟を起こした様子はありません。地方ではブランド価値の理解が低いレベルにとどまるようです。

*:一般に原子力発電所は監視が厳しく、小さな異常でも報道されます。これは健全なことなのですが、同じ土地でとれた食物にネガティブな印象が生まれるのは避けられません。つまり農作物・海産物と原発は同じ地名をシェアしてはならないのです。このことはよくわかっていたはずなのに、何故かフクシマはそのまま放置されていました。

 

最近一部の県では、和牛を県名で売りこむことにしたようです。例えば米沢牛ではなく山形牛をよく見かけるようになりました。他にも長崎牛などが目立ちます。想像するに、これはJA全中が旗を振って、各地のJA中央会が仕掛けているのではないでしょうか。

 和牛は呼称に関する制度を早くから整備しており、日本では知的財産の保護が進んだ食品です。

 フランスワインの成功でよく知られますが、ブランドを階層構造にすると、全体の価格が押し上がり、トップブランドの価値はそれ以上に上がります。つまり平戸牛壱岐牛、雲仙牛、五島牛の高いイメージで長崎牛ブランドを引っ張り、県全体の畜産を底上げします。すると従来のブランド牛はさらに高価になります。収入が増えれば、品質向上への投資も可能になります。長崎牛ブランドの下で新しい上位ブランド(佐世保牛とか諫早牛とか)を育てることもできます。県単位のブランドを持っていると、JAの影響力も保てます。一石何鳥もの効果があります。

 

一方、平戸牛壱岐牛、雲仙牛、五島牛などのブランドを廃止して、長崎牛として一本化、他の地域にも名声の産む富を分配しようという農協的発想なら、地盤沈下を起こすだけです。これは評判が悪い 1971年のドイツのワイン法で実証されています。Grosslage の呼称制度(とブドウの糖分による格付け)により、ドイツワインの質は低下し、価格は低迷しました**。EU 共通の制度を視野に、2009年にドイツワインの呼称は再び変更されたのですが、その後(高級ワインの中心クラスで)価格はだいたい2倍に上がりました。

 **:量を売ることはできたはずなので、世に嗜好の変化を起こすことには成功したかもしれません。対ビールとか、対コルンという観点では、ワイン生産に役立ったかもしれません。

 

JAの戦略が古臭い農協の発想ではなく、ブランド強化であることを祈ります。

 

災害の単位

今年の梅雨は、熊本県大分県、福岡県、宮崎県、岡山県島根県岐阜県などで河川氾濫を起こしました。これが観光や農業へどう影響するか見えにくいのが日本の現状。都道府県名が強すぎるのです。もちろん被害を受けたのはこれらの県の一部の地域だけ。(コロナのことを除くと、)他の地域では人間社会は平常通り動いているはずですが、県全体に障害があると何となく感じる人が多いと思います。

 1991年の雲仙普賢岳火砕流発生では、長崎県全体への旅行が下火になりました。長崎市に深刻な影響が出るほどの火山活動が雲仙で見られたら、九州は形が変わります。福島の原発事故における会津もそうですが、ほとんど影響がないのに深刻な被害を受けそうだと思い込んでしまうのは、都道府県名で認識する傾向が強いためです。ただしこれを風評被害と呼ぶのは間違っています。消費者のリスク管理です。そういうリスク管理になってしまう原因は、なんでもかんでも都道府県を前面に押し出す政策にあります。福島県産農作物の忌避に関しては、消費者には全く責任がありません。

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都道府県の下のレベルの地域名が広く認識されるようになると、これらの問題は起きにくくなります。産地ブランド化、階層化にも効果的に働くでしょう。当然、明治維新以前の公式地名が数多く復活することになります。大政奉還の後、中央集権的な国家を建設する上で旧地名が邪魔だったことは間違いないし、廃藩置県は日本史で他に例を見ないほどうまくいったのですが、人、モノの移動が桁違いになった今日、何でも都道府県で区別をする発想は、多くの弊害を及ぼすようになっています。

 

例えば山形県よりも庄内、最上、村山、置賜で、愛知県よりも尾張、西三河東三河で認識されるようになると、多くの問題がすっきり解決しそうです。政治・行政は都道府県単位のままで、生産、消費、文化、情報発信は地域を核にするのが良いと思うのです。それによって会津人のアイディンティティが強化されても、彼らが鶴ヶ城に籠城し、政府に刃向うことはありえません。そろそろ維新の軛(くびき)から自由になり、古くからの地名も活用した方が多方面で良い結果が得られるだろうと、国外に出られない旅フリークは思うのでした。

 

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