以前 's については、イギリス人に鬼門とも言うべき困難がつきまとうことを指摘しました。
話題の導入で使っておきながら、ANA の英語自身については何も書いておりませんでした。むしろそちらの方がこのブログの趣旨に沿っています。今日はそれを正面から書きます。英語に自信がある方は、以下の雑感がどこまで的を得ているかを評価しながら読まれると思いますが、それがこの記事の正しい読み方です。
現状と特徴
「All Nippon Airways (ANA), Japan's largest airline has...」
「Japan's only five-star airline」
「Tatara, Japan's Ancient Steel-making Technique」
「Kamaishi City - The birthplace of Japan's modern steel industry...」
「Japan's New Immigration Procedures According to the Revised Law」
と例を挙げるまでもなく、ANA は Japan's や ANA's を多用します。そして界隈で違和感があるとたびたび指摘されています。
言語を操る上で「違和感がない」ことは重要です。英語ではアポストロフィsのような名詞の変型以外にも地雷は多く、collocation(単語と単語の組合せ)、類義語の使い分け、動詞や形容詞との接続で人・物・事の区別、時制によるニュアンスの違い、名詞の単複と可算不可算、冠詞の使い方...いくらでも出てきます。個人的には最後の2つは、相当難しいと感じています。
昨日とある人気サイトを読んでいたら、記事の冒頭で「地名's」 を見つけました。
Japan Is Rebooting Travel With 7 Countries, With More On The Way
”As the world’s most beloved tourism destination, everyone is waiting for Japan to reopen. ”
がそれです。こういうのを見て ANA は world's が使えるなら、Japan's も問題ないと判断するのでしょう。
Pechedenfer は英語圏での生活の経験がなく、英語の感覚は鈍いのですが、それでもこの「地名's」が使われるフレーズには、
(most) popular + 名詞、(most) favourite + 名詞、(most) beloved + 名詞
が多いことには気がついていました。「どこそこで(一番)好かれている、人気のある何か」という形です。popular の場合は普通 most が入り、favourite の場合はあまり入りません。
なお most を伴うと、多様な形容詞が可能になります。Britain's most famous food writer みたいな使い方です。同じように first もよく使われます。こうなると ANA の「Japan's largest...」や「Japan's only...」も射程に入ります。しかしその辺で留めておくべきでしょう。
ANA の場合、's を何にでも使うこと、頻度が極めて高いことが違和感の原因だと思います。
文体の問題
ANA の文章作成者は、例えば British Airways のロンドン観光案内
Things to do in London: London's top ten attractions | British Airways
で、London's と Britain's の使われ方を分析すると良いと思います。ほぼ形容詞最上級の前に置かれます。そうでないのが表題ですが、これも最上級や first などの前に置かれる場合と同様、限定の機能を持ちます。
もっと重要なことは、BA の文章が軽快な観光案内であることです。当たり前ですが、
The 最上級 + 名詞 of Japan と Japan's 最上級 + 名詞
ではスタイルが違います。後者は言ってみれば一種の擬人化。普通その効果を考えて使います。
文章の性格に応じて表現を工夫するという心構えは、中等教育の内容です。その心構えを少しでも尊重すれば、ANA が世の中でバカにされる*頻度は減ります。ANA と言えども多くの社員は中学、高校を卒業しているはずです。すると潜在的にはできるのに、その能力が業務に沿った形で開発されていないことになります。結局のところ、会社の姿勢でANAには細やかな気配りが欠け**、そこに根本の原因があるようです。
*:世界レベルで有力な航空会社が、ヘンテコな英語を駆使しているというギャップが可笑しいのでしょう。多くの人に愛されている証拠です。なお外国人に慣れている英語母語話者は、この程度のヘンテコ加減は全く気にしないと思います。彼らには Boris Johnson 首相の "very, very, very, very, very small indeed." 発言と大差ありません。
**:経営の立場なら、細やかな気配り=コストの視点は欠かせません。せいぜい 5%しか向上が見込まれない細部に、20%の資源を導入するのは問題だという考えは筋が通っています。悪く言うとコストを嫌って雑なサービスを展開しているのですが、この割り切りが ANA の優れたところだといつも思います。ただし会社の根幹に関わりかねない害悪も時々顕在化します。社員の英語の水準を低いまま放置していることと、人種差別コマーシャルを世に出した甘さは通底しているのでは?
母語でない場合、「文法的に誤り」と「(文法的には問題なさそうだが)違和感がある」は、区別した方が良いと思います。大まかに言って前者は学習レベルで、後者は実用レベルです。文法の重要さは言うまでもありませんが、「違和感がある」は誤解を生みやすく軽視は禁物。しかし単語一つ一つ、表現一つ一つに習熟しないと違和感からは解放されません。これは常時注意しながら言語を操るしか改善する方法はありません。
ちなみにこの注意深さが要求されるのは、母語も同じです。ANA は日本語でも多くの「違和感がある」を提供し、ブレません。
オマケ
最後に少し困った例を。Antigua and Barbuda の首都は Saint John's と言いますが、この場合「地名's」の記法はどうなるのでしょうか。Saint John's's?カナダ東端の重要都市も同じ名前です。正書法をご存じの方がいらっしゃったら、根拠と共に正解をお教えいただけると幸いです。