時々強調していますが、このブログは日本語の練習のために続けています。言語なんて、現場の中で磨かれるものだと思います。語学ブログのように正面から取り上げる機会が少ないのはそのためですが、連休も海外に出られず暇になったので、
に続いて言語をテーマします。今度は JAL の日本語。
どうせ細かい話が多くなるに決まっているので、結論を先に書きます。JAL の文章作成能力は異常に高く、中央官庁並みのことを民間企業がやっています。
ファイブスターの紹介文
最近追加された最上の生涯会員ステータスについては、記事を一本書きました。
その時の JAL の文を分析(analyser)します。
JAL 国際線100万マイル搭乗の黒亀タグは先月まで JAL の最高位でした。少し前にその下の亀タグたちとは一線を画す目的のためか、5つの特典を加えました。
この時の文句を取り出します。
「国際線通算搭乗マイル100万マイルまたは国内線搭乗回数1,250回のいずれかを達成頂いたJGC会員様は、JGCの頂点を極めし輝きとして「JGC Five Star」のご案内をさせていただいております。」
太字の部分は普通の言葉づかいではありません。どうしてこんな表現になったか考えるために、丁寧語と謙譲語をそのままにして平凡な形に書き換えると
JGCの頂点を極めた証として「JGC Five Star」をご案内させていただいております。
となります。次に何故こうできなかったかと考えます。この文は、
長年の国家への貢献の証として勲章を授与する。
と同じ形。国家への貢献ならともかく、JGCを極めたことを称えるのは変だし、文尾の丁寧語、謙譲語の利用と齟齬を生じます。これを避けるため、証と「JGC Five Star」の関連を密にすると、次のようになります。
JGCの頂点を極めた証、「JGC Five Star」のご案内をさせていただいております。
まどろっこしい割には新鮮味がありません。何か新しさを感じさせる要素を加えたいところ。検討チームでは、Starだから、輝きを入れたいという案で合意を得たものと想像します。そのまま入れると、
JGCの頂点を極めた輝き、「JGC Five Star」のご案内をさせていただいております。
JGCの頂点を極めた輝きとして「JGC Five Star」をご案内させていただいております。
あたりになります。この JGCの頂点を極めた輝き では「輝き」に全てがかかり、抽象的過ぎです。茫漠としてつかみどころがありません。さてどうしようかと言うところで、過去の助動詞「き」の連体形の導入。誰が思いついたんだみたいな古語です。
JGCの頂点を極めし輝きとして
「き」の連体形は現代文では、定型表現(「若かりし日」など)でしか使いません。それ以外で使うと古語としての効果が出てきます。
「若かりし日」の例でわかりますが、古語を使うと、何が何を修飾しているのかしっかり述べなくても誤解なく通じることがあります。実は何も改善していませんが、この雰囲気が問題を解決するのでした。
JGCの頂点を極めし輝き、「JGC Five Star」をご案内させていただいております。
あとは微調整。このままでは、輝きとファイブスターが同格としてあまりに露骨で、この2つが等価だとする主張が強すぎます。そこで「~として」を挿入、それに合わせて後半を「のご案内をさせていただいております。」にしたのでしょう。こうしてできた
JGCの頂点を極めし輝きとして「JGC Five Star」のご案内をさせていただいております。
ですが、とりあえず意図はすべて盛り込み、文章として成立します。しかし改めて読むと古語は入るし、輝きと Star は呼応するしと、仰々しい限り。この辺はセンスの問題なので正解はありません。
また「極めし輝き」を極め飯のように「めし」と空目した人が多いはずです。これは明らかに珍しい言い回しのため(=古語の弊害)です。
上に上を作った時に誤魔化す方法
今まで最上だったステータスの宣伝文句と、新たに加わる上位ステータスの宣伝文句の間に整合性が取れない例です。
今回は明らかに準備不足でしょう。この未命名の新ステータスは、その途方もない基準の該当者にだけアナウンスされたのですが、ソーシャルメディアで暴露され、仕方なく JAL は公式発表したように見えます。黙っていても勝手に宣伝してくれるので、顧客のこういう特性にはありがたい一面がありますが、情報のコントロールは難しくなっています。
JALの説明、
最上位の国際線通算搭乗マイル200万マイルまたは、国内線搭乗回数2,250回をご達成いただいたお客さまは、JALグローバルクラブ会員期間中、JALグループ便にご搭乗の際、生涯にわたって国際線JAL ファーストクラスラウンジ、国内線ダイヤモンド・プレミアラウンジをご利用いただけます。
で一番いけないことは、冒頭の「最上位の」が修飾する名詞が、意味の上でお客様になるのに、これらの二要素の間に大量の文言を詰め込んでいることです。修飾語句は被修飾語のすぐ手前が原則で、こんなに離すなんて論外です。
と、国語教師の発言をシミュレーションしてみましたが、この悪文には理由があります。それはまともな配置にしてみればわかります。
国際線通算搭乗マイル200万マイルまたは、国内線搭乗回数2,250回をご達成いただいた最上位のお客さまは、...
では、お客様は最上位と明確になります。これでは大問題。
ファイブスター会員の概念を世に出してから、あまり月日が経ちません。100万マイルで「JGC の頂点を極めし」と言ったばかりに 200万必要な会員レベルを設定、しゃあしゃあと最上位と位置づけては、嘘つき呼ばわりされそうです。弁解しにくいでしょう。このため最上は表現しつつも、露骨に目立つことは避けなくてはなりません。この困難な作業に時間が取れなかったため、現在の修飾語句と被修飾語の間にごちゃごちゃと文言を詰め込み、わかりにくくした文章を発表したと推察できます。つまり、わざとです。
顧客向けアナウンスのウェブサイト一頁ですが、JAL が表現を徹底的に考えていることは明らか。これは彼らの英語でも同じで、とりあえず文句がつけやすいことは見つかりにくくなっています。
文書作成では JAL はお役所並みの人材を抱え、言質を取られないよう活躍させているように見えます。そのことと関係あるかどうかわかりませんが、JALのやっていることは時々お役所的です。客として経験した例では、システム開発が全くダメで、すぐ人海戦術に頼ってしまうあたり。システムでは ANA の方が評判が良いようですが、本当にこの2社は対照的です。