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マイル修行歓迎をばらしてしまった JAL

直前の記事で題材にした JGCファイブスター会員のプレゼンテーション

JGCの頂点を極めし輝きとして「JGC Five Star」のご案内をさせていただいております。

について続けます。本日も結論を先に述べます。

 

JALこの表現で JGC がマイル修行を勧奨している、期待している、前提としていることを漏らしてしまいました。

 

クラブの頂点を極める?

JGCJAL グローバルクラブですが、あるクラブの頂点を極めるとは何を意味するのでしょうか。組織者が誰であれ、クラブは同好の士の集まりです。文化圏により多少変容していますが、上下関係、利害関係で縛られる社会活動(=仕事、profession)の煩わしさを離れ、趣味やボランティアなどを共通の関心事としたフラットな人間関係を形成するのがクラブ本来の姿。そういう性格の集団なので、頂点という考え方とは相容れません。JAL の「JGCの頂点を極めし」は、別言語に翻訳すると意味が通じない可能性が高いのです。

 集団、組織の頂点は、ヒエラルキーの存在を意味します。つまり JGCヒエラルキーであり、本来のクラブではありませんJAL はこのプレゼンテーションで自ら暴露してしまいました。

 

JGC 会員が感じるヒエラルキーは、会員資格が階層になる構造でしょう。JAL が日本式の年功序列を踏み外さないように、大変気を使っていることを考慮すると、JGCヒエラルキーは以下のようになるでしょう。

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文字の大きさに話題性を層の厚さに目立つ程度を表現しました。Five Star 会員の紹介文では、新しくできた JGC 「最上位の」会員は想定されておらず、この図でも仮の表現です。

 

JAL によるファイブスター会員のプレゼンテーションでは、僅か一語によってこのようなヒエラルキーが暗示されます。

 

余技は「道を究める」

本来こういう階層構造は、クラブの本質と親和性が低いにもかかわらず、日本では融合しています。その理由は以下の事情によるものだと考えられます。

 古くから日本では職業から少し距離を置いて、武道や芸道が存在してきました。余裕がある社会階層の嗜み=余技という点から、クラブとよく似た機能を果たしています。流派、道場などとクラブに匹敵する集団を自然形成していた点も見逃せません。しかしクラブとは決定的に異なり、武道や芸道は道を究めるものであり、先・後、上・下が必ず意識されます。先輩が後進を指導し、究めた程度を表す段階(段、級、師範代 etc.)が存在し、組織員に段階別ラベルが貼られます。ヒエラルキーが形成せざる得ず、この観点からは会社組織に似てきます。

 近代に入って学校教育にクラブ活動が導入されましたが、伝統的な武道や芸道を課外活動に採用しない理由はなく、教育効果を考えればクラブにヒエラルキーを持ち込むことの是非など問題になりません。こうしてクラブにヒエラルキーが存在することが日本では普通になり、現代では誰も違和感を感じません。しかしこれはかなり特殊な状況です。

 

頂点を極めし」は、武道や芸道を含む道の発想でなじみ深い言い回しです。しかしこの言葉遣いに JGC 会員から文句が出るとは思えません。JAL もよく考えており、究めるではなく、極めるを使っていますが、どちらの漢字を使うかについては、議論にならなかっただろうと思います。

 

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マイル修行

さて何でも道を究めることにしてしまいがちな極東の島国。そこではマイル修行僧は、隠しもせず道を求める者のスタイルをとります。マイル修行と会員資格会得による解脱と簡単な枠組みですが、伝統的な修行の要素をいろいろ盛り込んで大掛かりな娯楽となっています。JAL の場合は JGC 入会のための「JGC 修行」が有名です。JGC の運営者としては、道を究めることに惹かれる会員が多数いることを商売につなげない理由はありません。クレカ関連の商売で手数料を集めるだけでは、もったいないのです。

 やるべきことは簡単。会員ヒエラルキーの頂点を求道をほのめかす文言で彩ります。「JGCの頂点を極めし輝き」がまさにこれです。この文句は JGCヒエラルキーであり、階層のステップアップが喜びであることが前提となっていますが、意識されません。会員の心に潜んでいた「修行ゴコロ」を強く刺激しますが、本人は気がつきません。

 おそらく担当者は、この構造を明確な形で意識することなくコピーを起草しています。それで「JGCの頂点を極めし輝き」が出るようでは、企画者たちにも JGC 会員の持つ求道の気質が共通認識になっています。この会員気質を利用したコピーを平然と使うことから、JGC はマイル修行を前提とし、歓迎していることがわかります。

 社畜を自認し、経費で飛びまくる会員は、純然たる修行僧とは違いますが、JGCヒエラルキーを感じ、道を究める意識はあるようです。搭乗回数や荷物札をことさら気にし、階層が上がることに喜びを感じる傾向に意識が現れます。つまり彼らも先・後、上・下がデフォルトとなる求道気質(注1)を持ちます(注2)。客に気づかれないようにその気質を刺激することが JAL の利用促進になることは変わりません。

 

顧客に合わせて、JAL が進化したのでしょうが、何だか楽しそうな関係です。(注3)

 

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羽田発伊丹行 JL101 便の到着時の乗継ぎ案内。今では退役した手書ボード。修行ですね。

 

注1:これは日本人の発想に本当によく見られます。「一歩進んだ旅」などというコピーはあちこちにありますが、これを西洋語に訳すと「団体旅行なのに、自分一人だけ旅程が一日進んでいる」とか、「予定した旅行計画より、何らかの理由で日程消化が早くなっている」という事態を意味します。実際に訳してみればわかると思います。この日本語表現の意図を酌むと、一歩進んでいるのは経験や人生でなくてはならず、旅行そのものではありません。係りを誤解させるトリッキーな表現なのです。そもそも旅は術(わざ, art)ではなく、究めるべき道とはなりません。経験で上手になる要素はあっても、経験を積むことが何か先を進むという感覚を生むのは外の文化圏では困難でしょう。

注2:まあ、日本人ですから慣れ親しんだ感覚ですよね。それが現れるだけです。

注3:アメリカにも欧州にもマイル修行は存在しますが、メンバーシップを異常にありがたがるアメリカ、巨大なゲームに没入する欧州と少しずつ感覚にズレがある気がします。日本は道。