PECHEDENFERのブログ

Le rayon d'action illimité. D'une véritable ruche bourdonnante.

映画に描かれるパリ+どこか(その 2)

このシリーズを書いていて、いろいろな映画の邦題を初めて知ることになりました。驚くべきタイトルが数多く見つかります。ドイツ映画では Der Untergang が「ヒトラー~最期の12日間~」、Er ist wieder da が「帰ってきたヒトラー」などと、原題が著しく歪曲されています。前者はナチスの最期、後者はドイツ社会がモチーフだと表題から分かるのですが、日本語を見ると共にヒトラーの描出だと勘違いしてしまいます。ただ客寄せのために仕方がない面もあります。「ナチス没落」とか「彼がまたここにいる」では興行的に心配です。

 理解しがたいのはフランス映画の日本語タイトル。半世紀前のステレオタイプを元に発想していると感じることがよくあります。日本ではフランス映画の客層は、70代が中心なのでしょうか。

 

3. Premiers Crus

パリ+アロース-コルトン Aloxe-Corton 周辺

2015年Jérôme Le Maire。因襲に縛られる百姓たちの奮闘のドラマ。例えるなら「おしん」に近いモチーフなのですが、邦題は「ブルゴーニュで会いましょう」です。この能天気ぶりはどこから来たのでしょうか。

 コルトンの丘に幾つかの畑を持つブドウ農家の代替わりにまつわるお話。原語のタイトルは「一級畑」で、これが複数なのは瓶に入ったワインではなく、畑を表すためです。つまり焦点は特定のワインや醸造にはなく、何百年にもわたり伝統と共に継承される土地にあります。

 

彼らの社会の論理では無責任に実家を放りだし、ワインライターとして一旗揚げた農家の一人息子。()パリのマレ地区に 180 平方m のアパルトマンを持ち、全身 Chanel で決める秘書兼愛人をつけ、BMWを乗り回すという成功者らしい生活をしていたところで実家の一大事を耳にします。結局家に戻ってきてワイン造りを始めるという筋。映画の主人公は父と息子のどちらか知りませんが、父を演じた Gérard Lanvin の演技は印象に残ります。

 おそらく久しぶりに息子に心を開いた時の父のセリフ、

 

”Tu sais, ici, en Bourgogne, il y a deux choses qui sont sacrées. La première, c'est de faire le meilleur vin possible pour honorer la terre, et la deuxième, c'est la transmission."

 

というアドバイスは土地の法則であり、この映画の基本軸。物語開始の時点で彼らの家は両方ダメで消滅寸前、隣の家は一つ目が完璧で、それ故に二つ目がかなり困難という状態でした。ちなみにブルゴーニュでは別の農家はライバルであり、遠い親戚だったりする一方、強い互助精神があります。

 最後のシーンでは、世代交代に関するあらゆる問題が解決に向かう暗示がなされます。

 

言い回しも面白いぐらい凝っています。Gérard Lanvin が、都市生活者は理解できても使わない農民っぽい表現を多用します。例えば、

 

"C'était un lundi matin. J'avais à peine 20 ans. Il pleuvait comme vache qui pisse. (...)"

 

"Ne te bile pas pour la petite Maubuisson. Les filles sont toutes givrées dans cette famille."

 

最後の表現で givrées は辞書的には folles に言い換えられます。数多い fou の類義語の中でこの語が使われたことから、冬の Côte d'Or の立木でも思い浮かべるのが良いのでしょう。

 ちなみに息子の言葉遣いは逆の傾向があります。摘果したブドウに全く傷をつけずに運んでくることを指示する時、一粒一粒に nickel という形容詞を使って表現していました。

 

"C'est que les raisins arrivent nickel sur la table de tri."

 

写真の DVD では、特典に Bonneau du Martray の当主などの著名人が出演しています。

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これだけ書いておいて何ですが、この映画、パリのシーンは最初の方でゴミゴミした風景が出てくるだけ。Côte d'Or の美しい農村ばかり強調されます。ブルゴーニュ地方のプロモーションに使えそうな映画ですが、個人的には当然パリ。

注:ブルゴーニュは男系相続。息子が家を出ると、事業継承のためには養子を迎えるか、娘がまあまあその気なら婿取りが必要です。

 

4. Comme un Chef

パリ+ヌヴェール Nevers

2012年Daniel Cohen。日本では「シェフ! 〜三ツ星レストランの舞台裏へようこそ〜」で配給されたとのことです。原題は「(一人前の)シェフのように」ですが、邦題も悪くありません。

 再度パリ+ブルゴーニュです。Jean Reno というスーパースターがミシュラン3つ星レストランのシェフ。こういう大俳優は何でも自分の個性に引き寄せ、何をやっても様になります。

 分子調理の新潮流に影響を受けるパリ美食界で、相変わらず「伝統的な」料理を提供する60代のシェフが傑出した腕前のアマチュアを見出し、レストランが代替わりするという筋です。レストランはどうも Place des Vosges(これもマレ地区)に面しているようです。Jean Reno の主演なので、ドタバタの要素が多いコメディになっています。

 

お約束のようなものですが、フランス人にとってガストロノミーがどれだけ大切か伝わってきます。Jean Reno 扮する3つ星シェフが、娘の最終口述試験の早朝に焼いた多種多量のパンとケーキ、Nevers のレストランのオーナーが居間で食べる自家製ケーキはとてもおいしそうに描かれます。分子調理によってレストランで出される皿、そのサービスは対極として表現され、分子調理法自体が嘲笑の種として扱われます。他にもミシュラン評価員が来る日の朝に厨房を担う人間がおらず、(市場へ買い出しには行けずに)近所の épicerie の生鮮品全てご購入で済ませても高評価が得られたなどと、パリ住民のプライドをくすぐる場面もありました。

 これらの型にはまり過ぎた要素も散見されますが、外国人には気になりません。