バス代わりの飛行機

Le rayon d'action illimité. D'une véritable ruche bourdonnante.

クリスマスにはシャンパンで乾杯?

 

ドイツのクリスマスと言えば、何といってもガチョウの丸焼きWeihnachtlicher Gänsebraten)。 嘘だと思うなら、IOCトーマス・バッハ会長に聞いてみてください。一方で日本の都市生活者なら、連想されるアイテムは Champagne。それは小売業者も意識していて、12月は安売りスーパーでもセールを行います。例えばチーバくんが認めるナゾの東葛6市にある駅前スーパーのチラシ。

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地方紙は読んでもよく分からないので、読むところが少ないと感じます。

松戸=東洋のヨハネスブルグ説の真偽を確かめるため購入した千葉日報ですが、松戸市の記事はほとんどありませんでした。

 

高級感を売ることが命綱である Champagne にとって、安売りスーパーで値引き販売されるのは微妙な話。極東だから大勢には影響がないのでしょうか。チラシはいかにもチープ。値段は魅力的。品質はどうでしょうか。Pechedenfer は一般人が東京の店頭で買うボトルには大差ないと思っていますが、ごく稀に外れとしか言いようがないこともあります。同じ程度に当たりにも出会います。

 

Champagne(男性名詞)は豪華、裕福などのイメージが生命線。イメージ維持のために関係者は多大な努力を払っています。そしてブドウは二の次と言われても仕方ない部分があります。そもそもブドウ以外の原料(サトウキビ)から造ることは異端ですし、ブレンドの粋を尽くすことはワインでは普及品の製造技術。普通の世界では高級ワインの規格外なのです。どう見えるかに集中するのが彼らのビジネスで、退廃のイメージすら歴史を感じさせるなら重要な味つけになります。

 ピンドンタワーなんて下品だと眉をひそめるハイブロウな方々は、狭量というもの。こういうお馬鹿なショーは、王族、貴族、ブルジョワジーの退廃趣味が現代化したもの。大衆への消費拡大を欲したのは他ならぬ Champagne(女性名詞)。直接メゾンが批判することはないと思います。カスタムメード型サービスが大量消費型サービスに置き換った第二次世界大戦後、それに応じた進化としては順当至極ではありませんか。

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金持ちジジイが半裸の若い女性を複数侍らせ、そのハイヒールをグラス代わりにしてChampagne を飲むという構図は、この飲料にまつわる退廃の典型。クラシックです。Cordon Rougeは冒頭のチラシで税別¥3,890。

ごく一般的に言って、同じ畑から大量収穫するとブドウの質は低下します。そのためフランスでは収穫量に産地ごと、区画ごとの上限を定め、これに従わないと、その土地に関連するワイン名を名乗れないという制度を運用してきました。AOC 制度の重要なポイントです。

 ところが高名なワインになるブドウは、たくさん作った方が儲かります。ブドウ農家はあの手この手で書かれた上限はそのまま、実質的に増産を果たす手を考えます。数十年経つと、規則の方が実質に合わせて緩和されることになります。すると今度は...と収量上限緩和の繰り返しが AOC の歴史。

 農家の理屈もわかります。栽培技術、醸造技術は20年もすると、長足の進歩を遂げるし、市場の好みも変わります。中世、多くの生産地では、とにかく長持ちするワインを造ることが絶対的な価値でした。今日この方針で栽培、醸造すると、100年経たないと真価を発揮しないワインが出来上がってしまいます。そんなに待つ消費者はいません。ここまでのAOCの話は、Champagne に限ったことではありません。

 

Champagne の収穫量上限は、1990年頃には 68.5 hl/ha でした。天候に恵まれ質が良いブドウがたくさん獲れそうだと、25%まで上載せできました。この rendement butoir という二枚舌基準はかなり古くからあり、少なくとも70年代には役所が積極的に関与するようになっています。後はご想像の通り。大抵は緩和されていたのです。

 ところが 2003 年(歴史的に暑い年)にはそれまでの緩和上限を含めて、新しい上限値とし、年毎に収穫量を役所が決めることにしました。新しい基準は、85.6 hl/ha (2003年=前年までの基準を25%ぎりぎりまで緩和した量に等しい)。しかもこの上限は、翌年の2004年には 92.2 hl/ha に緩和されました。規制に関わる単位を変え、次いで量を増やすという二段階の手続きを踏み、上限緩和に対する外部からの批判を回避しようとしています。生産量を増やすことは容易になったはずです。

 

単なる消費者の Pechedenfer は今より若く、歯止めを失ったように感じました。確かに味わいの上では違いが出てきます。2004以降(のミレジム入り)は、1990年代のものに比べると薄いと老人トークをするようになりました。この頃 Champagne は世界中で老人を大量製造したことと思います。

 

この流れは止まりません。2020年には制度上の歴史的な転換を迎えます。天候ではなく、需要に応じてその年の収穫量を決めることになりました。しかも上限は 102.1 hl/ha に緩和されています。2020年以降の「製品」が市場に出るのを待つまでもなく、今ストックされているワインは 80年代、90年代のものに比べると大変薄くなっています。そして今後その傾向は顕著になるばかり。

 1789年の革命のトラウマなのか、ある変更を機に社会が劇的に変化するという政策を避けるフランス。形式的にはドラスティックな内容でも、実質はそれに近いところまで進んでいて、新制度は標準化に過ぎないことが多いのです。一般消費者向けには、古い 68.5 hl/ha が基本収穫量として公式説明にも使われます。形の上では有効なのですね。

 

さて着実に売る量を増やしてきたブドウ農家は、順当な経済成長を果たせます。それに伴い困ったことになるのは醸造者(NM)。どうやって売り物になるボトルにするか、大変な問題です。幸い Champagne はほとんど全てがブレンド飲料。熟成香を楽しむ飲み物「ということ」にし、「劣化」を「推移」に換えるのです。ブレンドの調整と消費者の教化の同時進行が具体的なアクションです。どちらも変化は緩慢。消費者の好みもゆっくり誘導するなら強制も難しくありません。

 それでも矯正できない頑固な消費者は、昔話と愚痴だけの老人となり、Champagne の華麗な世界から排除されます。よくできています。

 

そしてイメージが全ての飲料なので、味わいの変化には原理的な意味で市場が寛容です。

 

消費者の好みの矯正は実に巧妙なことを行なっています。芸術的としか言いようがないのですが、詳しくは長くなるので今日は止めます。