バス代わりの飛行機

Le rayon d'action illimité. D'une véritable ruche bourdonnante.

旅行にも関係しそうな話

 

国内旅行なら意外と関係します。方言のお話。

 

お会いしたことはありませんが、Pechedenfer が密かに尊敬している方は関西弁勢力圏のご出身のようです。次の引用は、JAL から正体不明の小包が届いたので中を検めた時のつぶやき。

 

翻訳は必要ない*と思いますが、「入ってたんやけど」=「入っていたんだけれど」。関西弁です。しかし大阪では**、この状況だと「入っててんけど」となる気がします。

*:これは曲者。何が通じないか相手が知らないことを前提にするのは当然ですが、何が方言であるのか自分が知らないので、無知の知も効果は限定的。

**:これはさらに曲者。どこまで一般化してよいかさっぱり分かないくせに、大風呂敷を広げてしまいます。おそらく東京(や大阪以外の日本)との対比が基礎になるためでしょう。その結果が最後に来る「知らんけど。」エクスキューズで誤魔化します。大阪人は、理屈は好きなくせに主張するのは怖いというしょぼいメンタリティの持ち主なので、このフレーズが頻繁に現れることになります。知らんけど。

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「入ってたんやけど」だと、標準日本語と同じレベルの親近感。ヒトは無意識に相手の言葉や内容をもとに、いろいろな常識を解放、共通了解事項を設定して会話を進めますが、そういうモードの自動切替えが起きるほどではありません。例えば、いきなり天六と言わず、梅田から近いなどというところから説明を始め、反応を見て言葉を選びそうです。

 

地名は鬼門であり、自分と相手と地名の三者間での調整が顕著です。特殊な地名でも、慣れ親しんでいる人間には特殊さが分かりません。烏丸をとりまるとか、からすまると言う人がいるとは都市伝説にしか思えませんが、もし実際耳にしたら判別できないと思います。神田多町かんだたまちと呼んだり、神田小川町おがわちょうと呼んだら、訳が分からないと思いませんか。

 冷静に考えると天満、十三ですら特殊な読み方。このぐらいは皆さん分かりますかね。東京に住んで長いのですが、どのぐらい通じるのかさっぱり見当がつきません。Pechedenfer は、吹田、枚方、交野が普通の読みではないことを指摘で知りました。官房長官枚方を読めなかったという事件の波及効果です。

ありがとう!「マイカタちゃいます、」分布図ついに全国制覇 | 枚方市ホームページ

東京の人間との会話でこれらの地名が必要になることは皆無です。自分には馴染み深い名前ばかりですが、周囲の人間が何を知らないのか全く知らないのも当然。

 

明らかに地名は方言の語彙ですね。地名の作用もあり、方言は相手が自分と同類かどうかをかなり意識させます。標準化されていないため、使い方も精妙、地域差も精妙なのですね。

 

これが他所の言葉になると、ほとんど何も感じなくなります。例えば意味は通じるけれど自分は全く使えないというレベルの言語。長崎市内だと思いますが、

「白ご飯に青のっていてあれあれでよかった―」と直ちに変換できます。合っていますか?正誤はともかく、オリジナルのニュアンスはさっぱり分かりません。

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それ以上に慣れない言語はもはや理解不能な状態。ニュアンスの理解以前の問題です。方言に限定しても、こういう事態は意外と日常的に起こります。

 数年前、山形―仙台を仙山線で移動した時のことです。四人掛けボックスに一人で座っていたら、未知の言語を使う三人の集団がボックス内の空いたスペースを占拠。全線同行する羽目になりました。最初どこから来た外国人だ?などと思って観察していたのですが、少し耳が慣れると東北訛であることが分かりました。素の言葉は難しく、彼らの関係が同僚であり、仙台に何か試験を受験しに行くことしか理解できませんでした。

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人によっては、長崎の言葉が通じず、南東北の言葉が楽勝になることでしょう。全然違う世界を生きているような気がします。バラエティ豊かな方言は文化遺産だと思いました。

 

日本の方言は口語なので、記事を方言で書くのは大変です。ツイッターで方言が活躍するのは、それがつぶやきだから。できるだけ方言を使うことは、文句なしに良いことだと思います。分断が進む?すでに ff は地方別に緩やかなブロックを形成しています。同郷のよしみは21世紀になっても強烈です。その他には類は友を呼ぶ同業の憐憫ぐらいしか、他人とのつながりを作る術はない気がします。ヒトが分断され、壁が形成されているという事実は、日本では見えにくいのです。親交を形成するためのチャンネルは極めて限られます。方言(やそれにまつわる習慣や発想)は強力なチャンネルになるので、利用しない手はありません。