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専門の壁が厚く高いドイツ

ベルリンの Gleisdreieck 地区には、公園扱いされる広大な空き地 (Park am Gleisdreieck) があります。Potzdamer Platz から来る S-bahn が地下から出現する直前の土地なので、建築が制限されているのかもしれません。Gleisdreieck の駅名が線路の交差に由来すること、そしてこの土地の形状から、かつてこの一帯は鉄道施設だったようです。更地にした後、放置されているようにも見えます。

 ベルリンには奇妙な空き地がいくつかあり、調べてみると亡霊のような歴史が出て来ることも稀ではありません。それは別の機会に記事にしたいと思います。というか、そのために写真を撮りたいのですが、COVID-19/武漢肺炎のせいでベルリンへ行けません!

 

話を Gleisdreieck 公園に戻します。それはどんよりと曇った冬の朝でした。工事のため、普段は通行できる場所が通行止めになっていました。そこに掲げられた立て札。

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A3ぐらいの大きさの紙をパウチしてあります。現地現状に則して説明がなされ、それは簡潔かつ親切です。問題は距離の数字の上に鋲が打ってあること。これは市の告知書の数字をマスクするという暴挙です。外国人には、余りにも粗雑な仕事に見えます。

 

なぜこうなったかを想像するに、複数の専門家がなした仕事だからでしょう。正しく効果的なドイツ語の文章を作成、フォント、文字サイズ、改行幅、レイアウトを最適化した「御触書」を作成する事務員。季節と掲示場所から最適な立看板を選択し、滅多な事では外れないよう「御触書」をガッチリ固定、最適な位置・方向に配置する用務員。共同作業では各人の任務と責任が明確であり、他人の能力に敬意を払うことは基本。口を挟むなんてあり得ません。あらゆる分業はかくあるべきドイツ。文書作成の専門家は掲示物の留め方に興味を持たず、立看板鋲うちの専門家は文字に興味を持たず、それぞれ完璧な仕事をします。その結果が出来損ない。これぞドイツ。

 職種により要求される能力が異なるのは古今東西どこでも同じですが、ドイツの場合は教育と経験が仕事内容と緊密に関連づけられます。例えば経営学士や経営学修士の取得者は、そのままでは一般秘書業務はできません。そういう社会なので、誰しも専門外=担当外の作業に関心がなく、また遂行能力もありません。一連の作業が終わると穴だらけとなる場合は、点検の専門家を置くことになります。

 

ドイツの鉄道は日本と比べるまでもなく、フランスに比べても定時性が劣り、信用できない公共交通手段となっています。鉄道の信頼性が低いのは、専門性への過度の依存が原因であるような気がします。

 

鉄道は高度な技術を複雑に組み合わせたシステムです。一人の人間が理解し、正確に遂行できる仕事の範囲は限られます。こうしたシステムでは、隣のセクションのことが気になって、相互に口出しするような組織の方が全体としてはうまく機能します。

 専門家もミスをします。専門家ならではの誤りもあります。ドイツではそういう場合、深刻な事態に陥ることが容易に予想できます。専門家が優れているセクターほど専門性へ依存が過度になり、fail-safety が機能しなくなります。そして個人を見ると、彼らは一般に専門(と自分が興味を持つこと)の知識に優れ、教養がお寒い気がします。

 保線車両の片付けが忘れられ、そこへトランスラピッドの車両が衝突、23人死亡したとか、200 km/h で走行中の ICE が車輪の断裂を起こし、脱線、衝突、大破、101人が死亡したとか、考えられないような鉄道事故が起こるドイツ。これは様々な作業をそれぞれの専門家が行い、相互に口出しないシステムの中、どこか一箇所でミスがあったためだろうとにらんでいます。

 

一方でドイツの鉄道では人間味を感じさせる対応を受けることが多く、助けられたとか、ほっとしたという経験は珍しくありません。人間的な対応と運行の正確さは大まかに言って相反しますが、その均衡点は国によって異なります。このため、外国の鉄道の評価は低くなるというバイアスはありそうです。

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しかしいつになったらドイツ国内を DB で旅することができるのでしょうか。いまだに見通しが立ちません。しばらく国立歌劇場にも行っていないし、Pechedenfer の拙いドイツ語は朽ち果てそうです。

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